誓いの未来へ16





 どうして、あの男が俺の父親なんだ!!
 魔王の手下である男。赤い瞳が彼を、すでに人間でないことを伝えている。
「ううぅ…」
 胸が気持ち悪くなり、カイルは足を止め、壁にもたれかかる。
 今、自分がどこに立っているのかわからない。とにかく、あの場所から逃げたくて、がむしゃらに走ってきた。
 カイルは走るのも疲れて、その場に座りこんだ。壁に背中を預け、宙を見上げる。
『俺は、おまえの父親だ』
 すると、あの男の声が頭に浮かんでくる。
「やめろっ!!」
 反射的にカイルは叫ぶ。しかし、その声は呪いのように何度も聞こえてくるのだ。
 苦しくて目を強くつぶっても、その声から逃れられない。視界を閉ざした暗闇の中で、男の声と、優しげな表情に支配されてしまいそうだ。
「そんなこと、許されるはずがないんだっ!!」
 自分が、あの男を父親と認めていいはずがない。
 あの男は敵。魔王の命令を聞き、シェルクをさらった倒すべき敵なのだ。
 しかし、カイルは、あの男を父親として慕いはじめていた。真っ直ぐに注がれた愛情溢れる瞳が、カイルの心を捉えて離さない。
 いっそ、信じられないと切り捨てられたら良かったのに。
「カイルッ!!」
 騒然とする胸の中を吹き飛ばす、さわやかな風が突如現れる。
 瞳を開けると、シェルクの姿が飛び込んでくる。
「シェルク…」
 呆然とカイルが呟く中、走り去ってしまったカイルに追いついたシェルクが息を弾ませ、カイルの隣りに腰を下ろす。
「…カイル、走るのが速過ぎるよ」
 追いつくどころか、見失わないのに必死だったシェルクはカイルを見上げ、恨みがましく睨む。
「ああ、悪い。大丈夫か」
 何故、自分が謝らなければいけないのか、わからないがカイルは素直に謝る。
 シェルクの仕草が可愛かったかもしれない。カイルの心は、うって変わって静まり返っていた。
 シェルクが自分を追ってきてくれたことが嬉しかった。
「いいよ。僕が遅いのがいけないんだ」
 思ったよりも落ち込んでないカイルの様子に、シェルクは安心したように微笑む。
 カイルもシェルクが来てくれたことで、胸の気持ち悪さが嘘のように消えていた。
「あの人、カイルのお父さんなんだってね」
「ああ、そうみたいだな」
 シェルクに言われて、カイルは自然に認めることが出来た。
 あまりにも、あっさりと肯定したカイルにシェルクは驚く。
「否定しないの?」
 もっと、感情的に騒ぎ出すと思っていたのに、拍子抜けだ。
「ああ、何かシェルクを見て落ち着いた」
「なにそれ?」
 何故、自分を見て落ち着くのか。だが、そう言われると、自分がカイルの役に立ったみたいで嬉しかった。
「あの人は俺の父親なんだよな」
 しみじみとカイルは呟く。
 カイルは最近まで、父親のことを何も知らなかった。
 母親は何を聞いても、立派な守り人だったとしか答えてくれなかった。サルフィスの話を聞き、村長を魔物から守り、殉死したと知った。
 カイルは今まで、父親について何とも思っていなかった。生まれながらにいなかった人だ。父親としての親愛の情もない。
 なかったはずなのだが…
「俺はどこかで期待していたんだよな」
 カイルは床に視線を落とす。シェルクは黙って、カイルの言葉を聞いてくれた。
「父親は立派な人だったって。自分の命をかけて村長を守り抜いた人だ。そりゃあ、父親として誇りに思うわな」
 カイルは気づかなかったが、心の奥底で彼は父親を尊敬していた。
みんなに褒め称えられた立派な父親を。
 サルフィスにもらった父の剣に、シェルクを無事救えるように祈るほど、カイルは父を信じていたのだ。
「でも、本当は、そんな人じゃなかった」
 だから、失望したのかもしれない。実際は、魔王の復活を手伝う魔物になり下がった、つまらない男だった。
「でも強いよ。カイルのお父さん」
 何とか、慰めようとシェルクはイルキスの良い所を取り上げる。
「敵だけどな」
「うっ!」
 痛い所をつかれ、シェルクが言葉につまる。
「あの人は、かつて命をかけて守りぬいた相手まで、攻撃してしまうんだからな」
 どこか遠くを見つめるカイルが、シェルクには寂しそうに見えた。
 そして、シェルクにはイルキスが、そんなにひどい人には見えなかった。
「…でも、カイルのお父さんは、カイルを助けてくれたよ」
 シェルクが魔王に操られ、カイルに赤い波動をぶつけそうになった時、イルキスは身を盾にしてカイルを守った。
「そ、それは…」
 カイルもあの広い背中を思い出し、戸惑う。
「あれは俺を助けたのではなく、単に暴走するシェルクを止めたかっただけかもしれないし…」
 うまく言い訳を引き出そうとするカイルに、
「カイルを助けたんだよ」
 逃げ場がないくらい、はっきりとシェルクが言い切る。
「だって、カイルはたった一人の息子なんだから」
 笑顔で言われ、カイルは不思議と素直にその事実を受け止めることが出来た。
 そして、それを嬉しいと思う自分がいることに驚いた。いや、素直に嬉しいという感情を認められる自分に驚いたのだった。
「すごいな、シェルクは」
「何が?」
「秘密」
「何それ」
 口を割ろうとしないカイルにシェルクがじゃれつくが、カイルは決して言わなかった。
 平和な日常に戻ったような2人の雰囲気は、そう長くは続かなかった。
 こちらに向かってくる3人の靴音に消されてしまう。
「…」
 姿を現したイルキスに、カイルが複雑な表情を見せる。
 イルキスはそれに構わずに、シェルクに視線を向ける。
「細剣のことは聞いたのか?」
「あっ!忘れてた」
 カイルのことが心配で、シェルクは細剣のことをすっかりと忘れていた。
「細剣?」
 2人の会話を聞いて、サルフィスが訝しげに眉を潜める。
 何か思いつくことがあったのだろう。険しい表情でイルキスを睨む。
 それを見て、イルキスが薄く笑う。
「まさかっ!細剣って、あの時の剣のことか!?」
 イルキスの笑みで、確信を深めたサルフィスが恐怖の声をあげる。
「あれを使おうって言うのか!?」
「ああ」
 サラリと頷くイルキスは、とても正気には思えない。サルフィスは、あの剣の効果を思い出し、ブルリと身を震わす。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ〜!!!!!」
 狂ったように首を振るサルフィスに驚き、みんなは遠ざかる。気が触れたとしか言いようのない行為に、シェルクは思いっきり不安になった。
「その細剣って、何か悪いことでもあるんですか?」
「悪いってもんじゃない。最悪だ!!!もう二度と使ってはならない呪いのアイテムだよ!」
 おずおずと尋ねるシェルクに、サルフィスが目をむき答える。
「こ、怖いぜ。サルフィス様…」
 キールには、その細剣よりもサルフィスのほうが怖かった。
「黙れ」
 イルキスは短く言うと、問答無用でサルフィスの首に手刀をくらわす。声もなく、サルフィスは気を失った。
 イルキスは、つまらなそうにサルフィスをキールに投げる。
「うわぁ!」
 急に投げられ、慌ててサルフィスを受け止めるキールを無視して、イルキスはカイルとシェルクの前に立つ。
「とにかく細剣を持ってこい」
 サルフィスのうるささが気に障ったのか、イルキスは青筋を浮かべながら、手短に言った。
「そんな危険なもの持ってこれるか!?」
 どうして、そんな危険なものが必要なのかわからないが、取り合えずカイルが断ると、イルキスは怒りを込めて溜息をつく。
「持ってこい」
 先ほどより、静かだが、威圧のこもった声。だが、カイルは負けじとイルキスを睨み返す。
「やめてよ、2人とも!!」
 今にもつっかかりそうな2人の雰囲気にシェルクが間に入る。
「カイル、その細剣で魔王を倒せるかもしれないんだ。だから、持ってきて欲しい」
「魔王を倒すっ!?」
 カイルとキールの声が重なる。夢のような話に2人とも、信じがたかった。
「どうして、あの細剣で魔王を倒せるんだよ?」
「そんなこと村長に聞け!」
 キールの問いかけに、いい加減面倒くさくなったイルキスが一喝する。
「はっ、はぁ〜い!!」
 恐怖で声が裏返ってしまったキールは、これ以上にここにいたくないとカイルに目で訴える。
 カイルは、どうしてこんな展開になってしまったのか、わからないまま、いったん村に戻ることにした。
「じゃあ、みんなで村に帰ろうか」
 疲れ切ったように腰を上げたカイルにシェルクが寂しそうにうつむく。
「僕は帰れないよ。カイルとキールとサルフィス様だけで帰ってよ」
「シェルク」
「僕は魔王に操られているからさ」
 膝をかかえ、シェルクはカイルを見ようとしない。
「シェルク…」
 カイルはシェルクの肩を優しく引き寄せる。
「一緒に帰ろう、シェルク」
 耳元で囁かれ、シェルクの胸が温かいもので満たされる。
「ずるいよ、カイル」
 そんな風にされたら、帰りたくなるに決まっている。
 シェルクは流されないように、固く目をつむる。今、カイルを見てしまったら、絶対に離れられなくなる。
「それは困るな」
 いつの間にか移動したのか、イルキスがシェルクの傍らに立つ。
 シェルクの肩を掴み、自分へ引き寄せると、イルキスは剣を抜き、刃をシェルクの首元へ向けた。
「!!」
 3人に動揺が走る。
「シェルクは人質だ。だから、さっさと細剣を持ってこい」
 本気とも冗談とも受け取れない口調に、カイルとキールは黙って従うしかなかった。
「わかった!すぐに細剣を持って来る」
「出来るだけはやくね」
 その中で、人質になったシェルクだけが安心していた。もし、イルキスが、このような手段を取ってくれなかったら、自分はきっとカイルと一緒に村に帰っていただろうから。
 シェルクは、少しもイルキスのことを疑っていなかった。だって、彼はカイルの父親なのだから。
 しかし、キールと彼の息子であるカイルは、この男なら本気でやりかねないと恐れ、必死で村への帰路を急ぐのだった。



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