誓いの未来へ13





第4章

 僕はなんて弱い人間なのだろう…
 体を操られていたとはいえ、愛する人をこの手で殺そうとしたなんて…
「カイル…」
 愛しい人の名を呼ぶが、返事は返ってこない。
 シェルクは、自分の内に潜む魔王におびえながら、洞窟の片隅で膝をかかえていた。
「ここにいたのか」
 いつの間にかいなくなっていた赤い瞳の男が、シェルクの眼前に立つ。
 男はシェルクを見て、眉を動かす。
「泣いているのか?」
 シェルクの顔は涙でグチャグチャだった。シェルクは返事をする代わりに、男を見上げた。
 滝のように流れ続ける涙を見ながら、男は優しい笑みを浮かべる。
「大丈夫。カイルは無事だ」
 目線を合わせるようにしゃがみこみ、男は幼子をあやすようにシェルクの頭をなでる。
 シェルクはその手を振り払うように頭を振る。
 シェルクが泣いていた理由は、カイルの安否を心配したからではない。
 カイルが無事なのは、わかっていた。赤い波動を放った瞬間、この男がカイルを庇っていたのをシェルクは見ていたのだ。
 それにカイルにはキールがいる。そして村には父とアリシアなど、強力な術者も。
 だから、カイルが死んだなどとシェルクは思っていない。
「じゃあ、自分を責めているのか?」
 心情を言い当てられ、シェルクが顔を上げると赤い瞳をぶつかった。
「あれは、おまえの意思ではない。魔王の意思だ。気にするな」
 思いがけない優しい言葉にシェルクの瞳が見開かれる。その瞳から、大量の涙が溢れて出て、男は困ったように顎をさする。
「なぜ泣く?」
「…わからない、でも」
 シェルクは膝を抱え、視線を床に落とす。
「やっぱり僕がいけない気がするんだ」
「落ち込んでいるのか?」
「…違う。悔しいんだ。僕はカイルのためなら、魔王に負けないと心に誓った。それなのに、僕はカイルを守れなかった。カイルをこの手で殺そうとしてしまった…」
 魔王に操られ、カイルを傷つけた自分の手を見つめ、シェルクは肩を震わせた。魔王に突き動かされた、あの衝動を思い出すと、目眩がするぐらい体が熱くなる。
「僕はもう死んでしまいたい。これ以上、カイルに、村のみんなに迷惑をかけるぐらいなら…」
 魔王に対する抵抗に、すっかり自信をなくしてしまったシェルクは弱々しく瞳を閉じる。
「ふざけたこと言うな」
 男は、魔力が強いだけで魔王に操られてしまったシェルクを気の毒に思った。
「人間のおまえが魔王に勝てるわけがない。そんなに落ち込むな」
 グリグリと強めに頭をなでてやるが、シェルクはふさぎ込んだままだ。
 なんとか、シェルクを元気付かせようと男は考えを巡らす。
「そうだな、おまえは魔王に勝ちたい。ならば、魔王の本体を倒してみるか」
 良いアイデアを思いついたのか、男が楽しそうに話し出す。
「魔王を倒す?」
 シェルクが反応を示すと、男はますます楽しそうに目を細める。
「ああ、魔王に操られないように自分の意識を保つのは、おまえでは無理だ。だが、魔王の意識が途切れるほんのわずかな隙を狙って魔王の本体を倒すことは可能かもしれない」
「魔王の本体って、この洞窟の最深部にある封印された体のこと?」
「体というより、意思というべきだろうな。魔王には、すでに肉体がない」
「肉体がない!?」
 衝撃の事実にシェルクが声をあげる。
「知らなかったのか?」
 声も出すことが出来ないシェルクが小さく頷く。
「それでは、魔王がおまえの体を狙っていることも知らないのか?」
「僕の体!?」
「ああ、肉体も命もない魔王は、秘石とおまえの体を狙っている。唯一の意思が封印された最深部におまえを呼び、魔王はおまえの体に自分の命と意思を埋め込み、復活を果たそうとしている」
 シェルクは今度こそ絶句した。
 自分は、ただ秘石を魔王のもとまで運ぶためだけに操れていると勘違いしていた。まさか、自分の体そのものを狙っていたなんて…
「やっぱり僕は生きていてはいけない」
 自分の重要性に気づき、シェルクは今にでも命を絶ちそうな勢いだ。
「まあ、待て」
 自ら首を締め付けんばかりのシェルクを宥めすかし、男は言葉を続ける。
「魔王を倒す方法を最後まで聞け」
「倒すだなんて、肉体がないのに?」
 意思だけの敵を倒す方法など、シェルクには想像できない。術でなら倒せるのかもしれないが、魔王を上回る術者などそうそういるものではない。
「剣で倒せる」
「剣で!?実体がないのに?」
 男の静かな声をシェルクは否定しようとするが、真剣な瞳に思わず身を乗り出す。
「本当に倒せるのか?」
 声を潜ませ、シェルクが尋ねると、男ははっきりと頷いた。
「ああ、あの細剣なら」
「細剣?」
「そうだ。邪悪な意思だけにダメージを与えることが出来る、あの細剣なら…」
 男の赤い瞳が鋭い光を帯びる。敵を狙う戦士の瞳にシェルクは表情を強張らせる。
 圧倒的な強さを誇るこの男が、ここまで言わせる細剣の威力を考え、シェルクはぞっとした。
「その細剣はどこにあるの?」
 まさか男が持っているのではないかと、探るようにシェルクが聞くと、
「あっ…」
 男がポカンとした表情になる。
「?」
「…」
「どうしたの?」
 固まったままの男にシェルクが不安な表情を浮かべる。
「カイルが持っている」
「えっ?」
「カイルに渡した」
「ええぇぇ〜〜!!!」
 洞窟内にシェルクの叫び声が反響する。
「どうしてカイルに!?」
 よりによってカイルが持っているだなんて…
 シェルクは泣きそうになりながら、男に詰め寄る。
「カイルが使うと思って」
「どうして僕に渡してくれないの!?」
「どうしてと言われても」
「ああ、もうっ!!」
 シェルクは頭を抱えこみ、その場にうずくまる。
 こうなったら、カイルを説得して細剣を渡してもらうしかない。それが唯一の魔王を倒すことの出来る剣なのだから。
『オモシロイ…』
 不意に頭の中に声が聞こえ、シェルクは身を硬くした。
『ワレヲ、タオソウトイウノカ』
 それが魔王だと気づき、シェルクの体が震える。
 気づかれてしまった。魔王を倒す企みを。
『デキルモノナラ、ヤッテミルガヨイ』
 魔王は怒ることなく、むしろ楽しげに笑う。
『ワレハトメハシナイ。シェルクガ、ワレニケンヲムケルトキヲ、タノシミニマッテイヨウ』
 魔王は高らかに笑い声を上げる。余裕の笑みだ。シェルクが魔王を倒すことが出来ないと確信している笑み。
 それを聞いているうちにシェルクの中に、恐怖よりも怒りがこみ上げて来る。
 自分の体を操り、カイルを傷つけた魔王。シェルクは忘れない。
 カイルが自分に向かって伸ばしてくれた手を、魔王が愚かだと嘲笑していたことを。
 そして、手が触れる寸前で、裏切られたカイルの傷ついた瞳を。
「僕はおまえを倒すっ!!」
 シェルクは立ち上がり、魔王の笑いを打ち消すように、高らかに叫んだ。



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