door-reiya9





 夢から覚めると俺は涙を流していた。
 何だかとても切ない夢を見ていたような気がする。嬉しいこともあった、悲しいこともあった。まるで泡のようにはかない夢だった。
 俺は目覚めても少し泣いた。自分でもよくわからないけど、誰かに無償に謝りたかった。
「俺はどんな夢をみていたんだろう?」
 気が済むまで泣いた後、俺は苦笑いをもらした。覚えていない夢で泣けるなんてよっぽど印象的な夢だったんだろうな。
 俺は制服に着替えて下に降りた。父親は仕事、母親は寝ており、台所は静まり返っていた。俺は簡単に朝食をすませ、支度をしてから家を出た。
 駅に着くと怜哉の姿を見つけた。怜哉はそわそわしながら辺りを見ている。俺を見つけるとサッと身構えた。
「?おはよう、怜哉」
 俺は怜哉の態度を不審に思いながらも挨拶をする。
「翔…?」
 すると探るような目を向けられ、俺はびびってしまった。
「おいおい、朝から何なんだよ。俺、何かしたか?」
 そんな目で見られる覚えがない俺は慌ててしまう。怜哉は疑わしげに俺を見ていたが、俺の困り果てた表情を見て緊張を解いた。
「ごめん、ごめん。気のせいだったわ。アハハハッ」
 気のせいで俺は朝から疑わしい目を向けられたのか、俺の身にもなってくれよ、寿命が縮むぜ。
「ところで、告白の方はどうなったのかな?怜哉君」
 仕返しに怜哉の告白の報告を聞くことでチャラにしてやろう。俺は好奇心に満ちた目でニンマリと笑った。
 怜哉は俺の笑いを不気味そうに見ながら、黙って改札を抜けホームに上ってしまう。怜哉の奴、逃げやがった。
「しらばっくれても無駄だぞ。俺は聞くまで諦めないからな!」
 話さないでいる怜哉を追いかけながら、俺は絶対告白の結果を聞き出してやると心に誓った。
 怜哉は俺の誓いを無視してやって来た電車に乗ってしまう。俺はかろうじて電車に飛び乗る。電車の中は通学ラッシュにはまだ早く、乗客はチラホラとしかいなかった。怜哉は適当にシートに座り、目を閉じる。居眠りでごまかすつもりだ。
 そうはさせるかと俺は怜哉の体を揺らしながらわめく。
「起きろ、怜哉!話せ、さあ話すんだ!」
 しばらくは揺らされるがままだった怜哉も俺のしつこさについに折れた。
「…何で聞いてくるかなあ?」
「こんな面白い話を聞かずにいられるか!」
 呆れる怜哉に力を込めて答えると怜哉は鞄で俺の頭を殴った。
「…それ、何が入ってるんだ?」
 痛みを堪えながら聞くと怜哉は「辞書」とアッサリ言った。どうりで痛いわけだ…
「…それで告白はどうなったんだ?」
 辞書で殴られても俺は諦めはしなかった。すっぽんのようなしつこさに怜哉が溜め息をつく。
「望みがない恋だって言わなかったっけ?」
「じゃあ…」
「ふられたよ」
 やけくそになったような口調に俺は二の句が継げなかった。怜哉らしくない態度だと思っていると怜哉が俺の思っていることに気付き、口の端を上げた。
「でもさ、俺はすっきりしたわけ。言いたいことは言ったし、やりたいことはやったし。だから満足なんだよ」
「やりたいことって何だよ、何だかとっても危険な香りがするんだけどなあ?」
 そう強がっても怜哉はやるせない表情だったから、俺はわざとおちゃらけた。何とかして普段の怜哉を取り戻したかった。こう言われたらてっきり慌てふためくかと思ったら、
「抱き締めただけだよ」
 予期せぬ反撃を受け俺のほうが赤くなってしまった。それを見て怜哉が勝利の笑みを浮かべる。
「抱き締めたって、それでお前忘れられるの?」
 素直に負けを認め、俺は自分だったら好きな子を抱き締めたら忘れられないと思った。だって温もりとか感触が残っちゃうじゃん。
「忘れられるわけないだろ」
 怜哉が腹の底からうなるような声を発する。
「抱き締めて忘れるわけないだろ。あれで最後にするつもりだったのによけい想いが募っちまったじゃねえか!」
 怜哉が吠える。
「どうすんだよ?諦めるのはやめるわけ?」
「いや、これが最後って決めたから、すっぱり諦めるよ。俺しつこいの嫌だから」
 怜哉らしい潔さに俺は笑みを浮かべた。
「辛かったら、いつでも俺に相談しろよ。俺たちは親友同士だって俺は思ってるんだからな」
 クシャクシャと怜哉の髪をなでると怜哉は辛そうに顔を歪めた。
「…俺も親友同士だって思ってるよ」
 怜哉は笑顔だったけど俺にはそれが泣いているように見えた。

 駅に着くと怜哉が唯に気を使って先に学校に行った。
「唯ちゃんの不安を取り除いてあげろよな」
 怜哉の言葉通り、俺は唯の中にある不安を消してあげるつもりだった。
 何が原因だかよくわからないけど、唯が俺の側にいられないと思っているのならそれは間違いだと言う事をわからせたい。俺は唯を必要としているのだから。
「翔ちゃん、おはよう!」
 俺を見つけ、唯が元気よく俺の下に駆け付けてくる。沈んでいることを覚悟してきた俺は、唯の明るい様子に拍子抜けしてしまった。
 それでも元気なのは上辺だけではないのかと思い、俺は慎重に唯に向き直った。
「…昨日のことなんだが…」
「ごめんなさい!」
 俺が何かを言う前にいきなり唯が謝りだした。
「…昨日は取り乱しちゃってごめんね。いきなり逃げ出しちゃって、翔ちゃんびっくりしたでしょ?」
 唯の突然の謝罪を俺は呆然と聞く。何故唯が謝っているのか俺にはわからない。謝らなければならないのは俺の方だ。
「待てよ、唯。謝るのは俺の方だぜ。」
 唯の謝罪を遮り、俺は自分の非を打ち明けた。
「昨日の放課後は芹花の相談にのってたんだ。芹花は俺に相談してるってことを誰にも知られたくないだろうって思って唯に嘘をついたんだ。でも嘘はいけないことだよな。ごめん、唯」
「翔ちゃんが悪いんじゃないよ。勝手に誤解した私が悪いんだもの」
「唯…」
 唯の優しさが俺にはありがたくも思ったが、呆れの方が大きかった。人が良すぎるんじゃないかと思う。
「唯、もっと俺を責めていいんだぜ?俺が悪かったんだからよ」
 そう言っても唯は首を横に振るだけだった。
「もう、やめようよ。2人とも悪かったことにしようよ」
 しつこく食い下がる俺に唯が無理矢理話を終わりにした。俺は納得できなかったが、唯が困ったような表情を見せたので渋々それに従った。唯がいいって言うのなら、俺がしつこく言っても仕方ないことだ。
 学校へ向かいながら一昨日の唯と怜哉の会話のことを唯から聞き出したかったが、それを聞いてしまったら全てが終わりそうな気がして聞けなかった。それに俺が口を出してはいけないことのように思えたのだ。
「唯」
 だけど俺は唯を安心させてやりたかった。唯は俺の側にいてもいいんだってことを伝えたかった。
「俺は唯のことが好きだよ」
 唯が悲しまないように、泣かないようにと俺は切実に願った。俺の言葉で唯の心の曇りを取り除いてあげたい。
「翔ちゃん…」
 唯が泣き出しそうな表情になる。何でそんな表情をするのだろう。俺は唯の安心した笑顔が見たいのに。
「俺は唯のことが1番大切なんだ」
 俺の気持ちをわかってもらいたくて重ねて言うけれど、やっぱり唯はわかってくれなかった。
「…ありがとう、翔ちゃん」
 唯は俺の気持ちを見通しているかのようにほほ笑む。その悲しそうなほほ笑みは俺が嘘をついているとでも言いたいのか。
「唯!」
 俺は自分の気持ちが伝わらないことがもどかしかった。
 唯はそんな俺を知ることもなく、2、3歩前に出るとクルリと振り返った。
「私、夢を見たんだ。それはね、夢でも本当のことなの。私はそこで知っちゃったの、2人の本当の気持ちを」
 唯が楽しそうに話す。でも俺は唯の目が沈んでいることに気付いていた。
「翔ちゃんも知ってるんでしょう?気付いているんでしょう?今朝の夢で誰が1番好きなのかを!」
 俺は唯に激しく問われ、口ごもった。俺が何を知っていると言うのだ。俺の1番好きな人は唯だ、唯以外いるはずはない。なのに何でそういうことを言うんだ。
「唯、何でわかってくれないんだよ!」
 俺が怒鳴ると唯はビクッと身をすくめた。
「…今にわかるよ、本当の気持ちも私の正体も…」
「唯!」
 唯の口から正体と言う言葉が出てきて俺は目を見張った。それは俺に知られてはいけなかったことのはずだ。それを俺が知れば全てが終わってしまうのに唯はそれを俺に知れというのか。
 俺の裏切られたような表情に唯は背を向け、走り去った。
 唯は終わりを願っているのだろうか。俺から離れたいのか。
 もうすぐ終わってしまうのだろうか。この安らぎに満ちた生活は。
「唯…」



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