door-reiya7





 朝、いつも通り怜哉と電車に乗る。怜哉は昨日のことがなかったかのように振る舞った。別れ際に呟いたあの言葉の真意を俺は確かめたかったが、今のこの白々しいまでの明るいムードを壊してまで聞く勇気は俺にはなかった。
 たわいもない会話が続く。駅に着き、俺たちは電車から降りた。
「言い忘れてたけど今日、唯ちゃん休むってさ」
 改札を抜けながら怜哉が思い出したように話す。
「そっか…」
 怜哉が口を開くタイミングを計っていたのを俺は知っていた。駅に着いてから怜哉の落ち着きがなくなっていたから。
 唯が今日休んだのは俺に会いたくなかったからだろう。唯には昨日2人の会話をのぞいていたことはばれなかったけれど、自分の正体のことで色々悩んでいるのだと思う。俺と一緒にいられない理由とはどんなことなのだろうか…
 俺が難しい顔をして黙り込むと、怜哉は困ったように眉を寄せた。怜哉にしてみれば昨日の会話は俺に聞いてほしくなかったのだろう。
 俺が顔を上げると、怜哉はニッコリと笑顔を作った。それからどうでもいいような世間話を話し始める。
 怜哉は俺に昨日のことを聞く隙をあたえなかった。と、言っても俺も聞く気はなかった。気にならないといえば嘘になるが、それは俺が無理に聞いてはいけないようなことだと直感した。何よりもそれを聞いてしまえば今の生活が崩れていくような危機を感じたのだ。
 お互いが白々しい日常を演じていると怜哉が昇降口の前で立ち止まった。
「ごめん、用があるから先に行っててくれよ」
 怜哉は俺に何の用かと聞かせる暇もなく走っていく。
 まるで逃げるような怜哉に俺は用事があるなんて嘘で単に俺と一緒にいるのが気まずいだけなのかという疑念を抱いた。
「怜哉はそんなことをする奴じゃない」
 頭を振り、その考えを振り払う。怜哉は堂々とした奴だ。たとえ気まずくったって逃げることだけはしない。
「それじゃあ何の用事なんだ?」
 俺はこの用事が昨日のことと関連しているように思えてならなかった。1度膨らんだ疑惑はどうやっても消えそうにない。
 いけないと思いながらも俺の足は勝手に怜哉の後を追い始めた。一定の距離を開け、怜哉の後を尾行する。怜哉はよほど急いでいるのか一直線へと目的の場所へ向かった。そのおかげで気配に敏感な怜哉に気付かれることもなく俺は怜哉の目的地までつけることができた。
「ここは…」
 怜哉が入っていったのは部室だった。怜哉の用事とは部活に関することなのだろうか。だけどそれなら俺に内緒にしなくてもいいじゃないか。
 俺はガッカリしながらも部室の窓の下へ潜り込み、窓からそっと中の様子をうかがった。昨日からこんなことばかりしているなあ…
 中には怜哉と透子先輩がいた。怜哉は緊張した様子で透子先輩と対峙している。
「…俺、限界なんです」
 怜哉が苦しそうに告白した。俺は怜哉の様子でこれが昨日の会話と関係があることにピンときた。
「もう終わりにしたいんです。俺は解放されたい…」
 怜哉が拳を強く握り締めると透子先輩は怜哉の決意を感じ、そっとまぶたを閉じた。
「…それでいいのね?」
「…はい」
 透子先輩の静かな問い掛けにしっかりと頷いた。透子先輩は悲しそうに息を吐く。
「できれば、こんなことで終わらせたくはなかった。もっとしっかりした形で決着をつけてほしかったわ」
 残念そうに透子先輩は怜哉を見るが、怜哉は清々とした表情だった。
「俺には全てをなくす勇気がないから」
「そうね、せっかくここまで築きあげてきたんですものね」
 怜哉が苦い笑いを浮かべると透子先輩は柔らかくほほ笑んだ。怜哉の決心を認め、包み込むような笑みだった。怜哉は安心したように拳の力を抜いた。
「よろしくお願いします、透子先輩」
 怜哉が頭を下げる。俺は2人が何を話しているのかサッパリわからなかった。だが、とてつもなく大切なことを怜哉が透子先輩に相談しているのはわかった。俺は怜哉が俺に何も相談してくれなかったことに腹が立った。これは唯の正体と怜哉が隠していることに関係している。唯に相談するならまだわかる。でも透子先輩は部外者だ。なのに何で相談するんだよ。
 俺は怒りに我を忘れて立ち上がった。ガサリッと大きな音が立ち、2人がびっくりしていきなりの来訪者、目をつり上がらせた俺を見た。
「何を話しているんだ!」
 自分が隠れて聞いていたことを棚に上げて、俺は頭から湯気が出そうな勢いで怜哉に怒鳴る。
 2人は驚きのあまり声も出ない様子だった。俺は答えない怜哉に業を煮やして、窓から部室に入り怜哉に詰め寄る。
「答えろ!」
 それでも怜哉は動けないでいた。驚いたというよりも、どうして俺がここにいるのかわからないといった様子だった。
 怜哉が口を半開きにしたままボケ−と俺を見ていると、透子先輩がそれを見て突如盛大な笑い声を上げた。俺はその笑い声で我に返り、今更ながらのぞき見していたことをわざわざ自分からばらしたことに気付いた。怜哉はまだ訳がわからずキョトンとしている。
「ごめんなさい、笑って。でも翔君の表情ったら凄いんですもの」
 楽しそうに笑う透子先輩に俺は情けなくなってしまった。確かに俺は尋常じゃなかった。なんで怜哉が透子先輩に相談していただけであんなに取り乱してしまったんだろう。
「怜哉君のことがよほど心配だったのね」
 透子先輩が優しい目を俺たちに向ける。俺は何だかいたたまれなくて怜哉から視線をそらせた。
「ったく、一体どうしたんだよ。俺の後つけてきたんだろ?」
 怜哉は迷惑そうに言うが、耳が少し赤くなっていた。
「ごめん、気になって」
 謝ると怜哉が鋭い目で俺をにらんでくる。おそらく昨日、これ以上聞くなと言ったのに手を出してきた俺を責めているのだろう。
「美しい友情ね。あなたたちがうらやましいわ」
 透子先輩が本当にうらやましそうに俺たちを眺める。怜哉は複雑そうな顔で透子先輩を軽くにらんだ。
「それで怜哉の相談ごとって何だったんですか?」
 俺は怜哉ではなく透子先輩に聞いた。怜哉が答えてくれるとは思えないし、透子先輩なら話してくれそうだったからだ。
「恋の相談よ」
 怜哉がとめるよりも早く、透子先輩がアッサリ話してしまう。俺はそのアッサリぶりに怜哉を少し気の毒に思った。普通、相談ごとって秘密にしておくものじゃないのか。
「恋の相談!?」
 俺が驚くと怜哉は諦めたようにうなだれた。
「そう片思いの相手に想いを打ち明けるんですって」
 弾んだ声で透子先輩がペラペラとしゃべる。俺には都合いいけど、怜哉はかわいそうだなあ。怜哉は開き直ったように乾いた笑い声を上げた。
「そうさ!俺は透子先輩になあ、告白の相談をしていたんだぜ!」
 もうやけくそである。見ているのが痛々しいほどのやけくそだ。
「告白か…」
 俺は怜哉がラブレターをもらった時に片思いの相手がいると言っていたことを思い出した。確か、そろそろ潮時とか言っていたがそれは告白するってことだったのか。
「何だよ、それならそうって俺に一言言ってくれてもいいじゃねえか」
 俺は話がもっと複雑で難しいものだとばかり思っていたので、すっかり安心してしまった。
「ふられるのわかってて相談なんかできるかよ」
 怜哉がそっぽを向く。それを見て俺はプッと吹き出す。
「何だ、恥ずかしがってただけなのか」
 図星を指されたのか怜哉は黙ったままだった。昨日の夜から散々悩んでいた答えが出て、俺はたかが外れたように笑い出した。
「うふふ、怜哉君ったら恥ずかしがりやね」
 透子先輩も笑い出して、俺たち2人が遠慮なく笑う様を怜哉は拳を握って耐えていた。屈辱だろうが俺は頭がはげるかもしれないほど悩んだんだ、それぐらいは当然の報復だろう。
「それでいつ告白するんだよ?」
 ひとしきり笑い終えた後、俺が聞くと怜哉はブスッと黙ったまま答えようとしなかった。
「今日、告白するらしいわ」
 だが怜哉が黙っていても透子先輩がばらしてしまうのだから意味のない抵抗だった。
「行動が早いな、今日告白するのか。それでどんな風に?手紙?電話?それとも呼び出すの?」
「違うわよ。もっとロマンティックな方法」
 透子先輩は楽しそうにもったいをつける。俺はワクワクしながら透子先輩が話すのを待った。
「ちょっ、ちょっと待った!」
「シンデレラなのよ!」
 怜哉の制止は透子先輩の声が俺に届いた後だった。
「シンデレラ?」
 俺がうさん臭そうに声を出すと、怜哉は頭を抱えてその場に突っ伏した。聞いては欲しくなかったことを聞かれてダメージが大きいようだった。
「そう、シ・ン・デ・レ・ラ!」
 透子先輩が何かを企んでいるような含んだ笑みを浮かべた。



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