door-reiya6





 気付くと俺は教室の前に立っていた。教室に唯はいるだろうか?俺は教室の扉を開こうとして手を止めた。中から人の声が聞こえてくる。
「うっ、うっ、うっ…翔ちゃんが、翔ちゃんが…」
 唯が泣いていた。夕焼けに染まる教室で唯が俺の席でむせび泣く姿があった。
「唯…」
 俺は唯の側に行こうとして、だが唯の正面に座っている人物に気がついて足を止めた。
「どうしたんだよ、唯ちゃん。泣いてちゃわからないよ」
 困ったように唯を見ている怜哉がいた。怜哉は泣いている理由を聞こうとするが唯は泣くだけで何も話そうとしない。
「唯ちゃん、人に話すとそれだけでスッキリするもんなんだよ。だからさ、俺に話してみてよ」
 怜哉が優しい口調になると唯はチラリと怜哉を見る。怜哉が安心させるように柔らかくほほ笑むと、唯は耐え切れなくなったのか震える声で話し始めた。
「…私、もう翔ちゃんの側にいられないよぉ」
 唯はか細く心の内を叫ぶ。しかし唯の言っていることは断片的すぎて怜哉には理解できない。
「それはどうして?」
 それでも怜哉は根気よく唯に尋ねる。
「だって…私、自分の正体がわかっちゃったから!」
 唯が涙をいっぱいためた瞳で怜哉を真っ直ぐ見つめる。それは全てを諦めた、自分の力ではもうどうしようもないと悟った目だった。怜哉は唯の瞳を見て、何かに気付いたかのように目を大きく見開いた。
「…まさか…唯ちゃん…」
 怜哉は独白をもらす。それは唯には届かなかった。怜哉と唯はお互いを見つめながら違うものを見ている。
「だから…もう側にいられないよ!」
 唯が視線を下に落とすと、それにつられたように涙が机の上に落ちていく。
 怜哉はその涙を見ながら唯に哀れみの目を向けた。怜哉には唯の正体がわかっているのだろうか?唯の正体とは何なのか…俺にはわからない。
「たとえ唯ちゃんが何者でもここにいてもいいんだよ。唯ちゃんは唯ちゃんで俺達のかけがえのない友達なんだから」
 怜哉は諦めるでもない、取り繕うでもない言葉に唯は信じられないような表情を怜哉に向ける。
「…本当に?」
 だがそれは哀願に変わった。唯は怜哉の言葉を信じたいのだ。
「本当だよ、唯ちゃん」
 怜哉が唯の願いを受け止めてキッパリと頷くと、唯はせきを切ったように泣き出した。さっきまでのこらえるような泣き方ではなく、大声で唯は泣き叫んだ。
「翔ちゃん!翔ちゃん!」
 俺の机に突っ伏して唯が俺の名を叫び続ける。それは俺を求めているようだった。俺の体を心を全てを…
 怜哉は唯が泣き止むまで黙って見守ってくれた。助けの手を出すわけでもなく、優しい声をかけるでもなく、ただ唯の側にいた。
 俺は、その場で突っ立って唯を見ているしかできなかった。唯が俺の名を叫んでも俺は動くことができなかった。
「どうして怜哉君は私の正体がわかったの?」
 泣き止んだ唯が恥ずかしそうに怜哉に尋ねる。唯は怜哉が自分の正体に気付いたことがよっぽど不思議だったみたいだ。
「俺も唯ちゃんと同じだからだよ」
 怜哉が苦笑いすると唯が目を丸くする。
「私と…同じ?」
 唯がまじまじと怜哉を上から下まで見定める。怜哉は唯の視線に居心地悪そうにポリポリと頬をかく。
 唯は長い間、ジーっと怜哉を凝視していたがフゥーと息を吐く。
「やっぱり、わからないよ」
 唯が降参すると怜哉はどこか安心したようだった。
「わからないほうが俺はいいんだけどね」
 そう言って怜哉は立ち上がった。ボロが出ないうちに退散しようとしているのだろう。
「…私、消えちゃうのかな?」
 唯がポツリと呟いた。それは虚勢ではなく、心からの素直な心だった。唯は消えることを予感しているのかもしれない。
 怜哉は立ち上がったまま、答えを出せずに戸惑ったように唯を見る。
「みんな、私のこと忘れちゃうんだね」
 唯は悲しそうにうつむいた。それは逃れられない宿命のように俺は聞こえた。怜哉は唯の悲しい宿命に顔を歪めた。
「俺は覚えてるよ。みんなが、翔が忘れても俺が唯ちゃんを覚えてるよ」
「…本当に?」
 唯が心細げに怜哉を見上げる。怜哉は笑って唯に小指を差し出した。
「約束」
 唯は嬉しそうに笑った。涙が少し瞳ににじみ出るのを唯は笑ってぬぐう。
「何か、少し怖いのが減ったかな?」
 唯が胸に手を当てて目を閉じる。
「怜哉君はまだなの?」
 そして唯は怜哉の心に問い掛ける。怜哉は痛いところをつかれて、グッと息を飲み込むが、唯には適わないと思ったのか自分の心を打ち明けた。
「俺もそろそろ限界だよ」
「そうなんだ…」
 怜哉の苦渋に満ちた顔に唯はそっと目を伏せたが、すぐに顔を上げる。
「でもね、怜哉君。私にはわかるの、それは解放なんだよ、辛いことからの出口なんだよ」
 顔中に笑顔を広げて唯が怜哉に話す。怜哉も唯の言葉に笑顔になる。
「解放か…そうか、そうだよな!」
「うん、そうだよ!」
 2人は笑いあった。お互いが無理をしているのを承知の上で2人は笑った。笑わなきゃ元気がでないから。
 ふと怜哉の視線が扉の方にさ迷い、何かを見つけて瞬時に驚愕の表情へと変わる。俺と視線があったのだ。俺は慌てて隠れるがもう遅い、怜哉にばれてしまったのだ。
「どうしたの?怜哉君」
 急に真顔になった怜哉を唯がいぶかしむ。
「いや…それより、もう帰ろうぜ。外も暗くなってきたし」
 怜哉は内心の動揺を押し隠して唯に笑顔を向ける。外は日が沈んで、暗くなり始めていた。
「そうだね、もう帰ろうか」
 唯は怜哉の動揺に気付く事なく、鞄を持って立ち上がった。
 俺は慌てて昇降口とは反対側の階段に身を潜める。やがて唯が教室を出て昇降口へと続く階段を下りていくと、俺は気が抜けて階段にペタリと座り込んだ。ばれなくて良かった…
「翔」
 安心したのも束の間、頭上から怜哉の声が聞こえてきて俺は慌てて顔を上げた。
「全部、聞いてたんだろう」
 怜哉はとがめるでもなく普段通りだった。手には2つの鞄を持っていて、1つは俺のだった。
「唯ちゃんのことしっかりしてやれよな」
 怜哉は俺に鞄を渡すと、踵を返し廊下を歩いていく。
「なあ、怜哉…」
 俺にはさっきの話の内容が全く理解できなかった。それを聞こうと怜哉の背中に話しかけると、
「何も聞かないでくれ」
 怜哉は立ち止まり、だが振り向く事なくただ一言発した。それは完全な拒絶で俺は何も聞けなくなってしまった。背中に込められた力を抜くと怜哉は、
「…俺だって限界なんだよ…」
 小さな震える声を溜め息と共に吐き出した。
「怜哉…?」
 俺はその言葉の真意を問い掛けようとすると、怜哉はそれから逃れるように走り去ってしまった。
「…」
 唯の正体の謎。それは怜哉とも共通しているもの。そして俺に隠している怜哉の心の内側。どれも重要なもので何かの鍵を握っているような気がする。だがそれも確証があるわけでなく、全ては俺の勘で本当の事は何一つわかっていない。
 一体、俺の知らないところで何が起こっているのだろうか?俺は俺のどこかでそれを知っている気がした…



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