door-reiya4





 ピッという笛の音に合わせてランナーが走り出す。
 今日の体育は100M走。1人ずつ記録を取るために走っていく。俺は100M走の授業が好きだった。走る距離が少ないわりには順番待ちで長く休めるからだ。
 走るのが終わり、ボーっとしていると高い歓声がグラウンドで起こった。何事かと見ていると怜哉が走り終わった後だった。おそらくクラストップの記録を出したのだろう。クラスメートに頭を小突かれながら、こちらにやってくる。
「やったね、クラストップだぜ!」
 怜哉がピースサインを向ける。俺は怜哉がクラストップを予想していたので驚きもしなかった。
「何だよ、少しは嬉しがってくれてもいいじゃねえか」
 ところが感動しない俺に怜哉は不満なのか文句を言ってくる。
「あー凄い凄い、怜哉は天才だなあ」
 おもいっきり棒読みで言ってやると怜哉がつまらなそうに俺をにらむ。
「翔は驚いてくれないからつまんねえや」
「そりゃあ、俺は怜哉が走るの速いの知ってるからな」
 怜哉が足が速いのを初めて知る奴は、結構大袈裟に驚く。怜哉が可愛い顔をしていて運動ができなさそうに見えるのがその原因だと思うが、怜哉はその驚く様子を見るのが楽しいと言っている。俺だって初めは驚いたものだ。運動オンチの怜哉が俺よりも速くなるなんて夢にも思わなかったからな。
「冴木、足が速いんだな。驚いたよ」
 クラスの川田が感動を露にして話し掛けてくる。こいつも怜哉が足が速いとは思いもしなかったのだろう。怜哉は川田の驚いた表情をして満足そうだ。
「まあな」
 怜哉は嬉しそうに笑う。相変わらず嫌な趣味だ。しかし川田は怜哉の思惑など知らず、素直な答えに好感を持ったようだった。怜哉に身を乗り出してくる。
「冴木ってさ、何か部活とかやってんの?」
「入ってるけど、何で?」
「俺、陸上部に入ってるんだけど、冴木も入らねえ?冴木なら絶対いいせんいくって」
 熱っぽく川田が勧誘する。だが怜哉には陸上部に入る気なんてサラサラない。怜哉は運動は好きだけど団体行動が嫌いなのだ。運動部特有の団結力や熱血感は怜哉が最も嫌がるものだった。
「ごめん、俺部活入ってるから陸上部には入れないや」
 柔らかく、だがキッパリと怜哉は断る。返事を聞いて、川田は見るからに残念そうな表情になった。
「掛け持ちでもいいから、入らないか?」
「ごめん、俺掛け持ちはやりたくないんだ」
 川田はそれでも諦められずに怜哉に言うが、怜哉はニッコリと笑うだけだった。川田は仕方なく諦めて立ち去った。
「掛け持ちが嫌だって、本当はめんどくさいだけなんだろ?」
「あたりまえじゃん。俺は余分な体力使いたくないね」
 ニヤリと笑う怜哉を見て、俺は呆れてしまった。この外面の良さ、一体どこで学んできたんだ。
「昔はそんなズル賢さがなかったのにな」
「人は日々成長していくもんなんだぜ、翔」
 皮肉で言ったつもりの言葉はアッサリとかわされてしまった。怜哉には口でも敵いそうにない。
「成長しすぎだよ、昔の面影がないじゃないか」
 いじめられっ子だった頃の怜哉とはかけ離れた今に俺は苦笑するしかなかった。こんなにもたくましく成長した怜哉を喜ぶべきか、悲しむべきか、今の俺には太刀打ちできないほど怜哉は強くなってしまった。
 俺が芹花がいなくなって落ち込んでいる間、怜哉は1人で強くなって反対に俺を守ってくれた。
 透子先輩がいる部活に誘ったり、休みの日には俺を連れ出したり、常に俺の側にいて世話をしてくれていた。
「怜哉は本当に変わったよな。いっぱい世話になったしな」
 しみじみと俺が思い返すと怜哉が驚いて顔を上げる。
「何だよ、いきなり…」
「怜哉には本当に感謝してるんだぜ」
 俺の言葉を聞いて怜哉は顔を曇らせる。
「怜哉?」
 不思議に思って怜哉の名を呼ぶと、
「遠峰、おまえの番だぞ!」
 トラックから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「翔、出番だぞ。頑張ってこいよ」
 そう言った怜哉は普段の怜哉に戻っていた。
「ああ…」
 俺は頭をひねりながらもトラックへと走った。

 体育の時間が終わり、俺たちは教室へ戻ろうと下駄箱へ向かった。
「今日の弁当は何かな?」
 怜哉が鼻歌交じりに靴を脱ぐ。
 体育は4時間目でこれからお昼休みだった。運動したばかりだというのに怜哉は食欲満点らしい。
「腹減ったなあ」
 グ〜とおなかをならす怜哉に呆れてしまう。俺は運動後は食欲をなくす質なので怜哉がうらやましくもある。だけど、怜哉のあのでっかい2段式の弁当箱は腹が減った時でも食べきるのが難しいと思う。一体、この細い体のどこにあの量が入っているのだろう。
 靴を脱ぎ、下駄箱を開け上履きに履き替える、隣の怜哉を見ると怜哉は下駄箱をのぞき込んだまま固まっていた。
「どうした、怜哉?」
 何か質の悪いいたずらでもされたのかと思い、怜哉の下駄箱を脇からのぞくと、
「…」
 そこにはピンクの手紙が怜哉の上履きの上にチョコンと可愛く乗っていた。
 こ、これはまさかっ。ラブレターというものではっ!
 俺が口をパクパクさせていると怜哉がバタンと下駄箱の蓋を閉めた。そして俺を見て口をワナワナと震わせている。動揺して言葉がでないようだった。
 怜哉も手紙の正体に気付いていて俺に確認を求めているようなので、俺はコクコクと怜哉に頷いた。言葉が出ないくらい動揺しているのは俺も同じだった。
 怜哉は俺が覗いたのを確認して、そっと下駄箱を少し開けかがみ込んで隙間をのぞき見る。
「あ、あるか?」
 さっきはっきり見たのであるのはわかっているのだが、ついつい聞いてしまう。怜哉は信じられないものを見るような目で下駄箱を見ている。
「…ある」
 また下駄箱を閉め、怜哉は救いを求めるように俺を見てくる。
「どうしよう、あるよ…」
 下駄箱から恐れるように体を離す。怜哉は喜ぶどころか、ラブレターに恐れを抱いているようだった。
「何だよ、もっと喜べよ」
 普通の男子なら狂うほど舞い上がるものだろう。それなのに怜哉はちっともその様子を見せない。
「馬鹿っ!こんなの好きでもない奴からもらっても迷惑なだけだろうが。あ〜どうしよう」
 怜哉は見てわかるほど狼狽してしまっている。俺は怜哉の言い分の納得しながらも、やっぱりもったいないと思ってしまう。もし可愛い子だったら、好きでなくても嬉しいものじゃないか。
「とにかく中を調べてみようぜ」
 頭を抱えてうなっている怜哉を放っといて俺は怜哉の下駄箱を開ける。中にはさっき見たピンクの手紙があった。俺はそれを丁寧に取り出し、細心の注意を払って封を開けた。
 怜哉が祈るような目で俺を見てくる。祈ってもこれはどう見てもラブレター以外のものではないと思うぞ。
 俺が封筒を取り出し広げると、怜哉がゴクリと唾を飲み込む。俺は上から下まで丹念に読むとゆっくりと息を吐いた。怜哉が目で内容を教えろと促す。
「これは…ラブレターだな」
 俺の答えに怜哉の顔が青ざめる。
「しかもかなり熱烈だ」
 それを聞いて怜哉が悲鳴を上げる。
「ど、どうしよう…」
 怜哉が目をキョロキョロさせ、ウロウロと歩き回る。ラブレターの処理によっぽど困っているらしい。
「はっきり断ればいいだろ」
「そ、そうだな、断ればいいんだよな」
 過剰な反応を示す怜哉に呆れながら言うと、怜哉は安心したように何度も何度も頷いた。
「断れば諦めてくれるよな?」
 すがるように聞いてくる怜哉の雰囲気に押されながらも俺は頷く。こいつ、過去によっぽど嫌な女に追いかけられたことがあるんだろうか…?
「可愛い子だったら付き合っちゃえよ」
 怜哉は俺からラブレターを怖々受け取ると複雑そうな表情で俺を見つめてきた。
「俺、好きな奴いるから無理だよ」
 怜哉の発言に俺は驚いた。今までそんな素振り1度だって見せたことがなかったから、てっきり好きな人なんていないと思っていた。
「結構長いんだぜ、片思いしてるの」
 俺の驚いた顔を見て怜哉が意地悪そうに笑う。
「誰だよ、俺の知ってる奴か?」
「知ってるよ」
 俺が聞くと怜哉がアッサリ答えた。俺が知ってる奴っていっても、俺と怜哉は幼馴染で幼稚園も小学校も中学校も一緒だったから人数は相当なものになる。片思いが長いと言ったって、小学校、中学校のメンバーはほとんど変わらないのであまり人数を削れない。したがって結論、わかるわけがない。
「誰なんだよ?」
 俺が降参して聞いても怜哉は含み笑いをするばかりで教えてくれない。
「怜哉!」
 じれったい怜哉に怒鳴るが、それでも怜哉は笑うばかりだった。
「教えてくれよ〜」
 弱々しく俺が頼むと怜哉が困ったように頭をかいた。
「好きって言っても、もういい加減諦めようと思ってるんだ。俺ってしつこいから望みがなくても諦められなかったけど、もうそろそろ潮時だと思ってるから」
 怜哉の答えを聞いて俺は聞いた事を後悔した。これは俺が聞いてはいけないことだったんじゃないだろうか。
「怜哉…」
 辛いことを言わせてしまって俺は怜哉に謝ろうとしたが、
「早く屋上行って飯食おうぜ。俺おなかすいちゃったよ」
 怜哉は笑顔でそれを遮った。
「ああ」
 俺は辛い恋をしている様子を見せない、元気に走っていく怜哉の後ろ姿を見て胸が切なくなった。



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