door-reiya1





―Reiya Saeki―

 春のぽかぽかした陽気に包まれているとウトウトしてしまう。
 学生の通学ラッシュにはまだ早い電車の中、俺はゆったりとシートに座って、まだ眠い目をこすっていた。
 高校が家から遠いので中学の時に起きていた時間よりも30分も早く起きなければならない。春休みに朝遅くまで寝ていたせいか、早く起きるのは辛いものだった。高校に入って1週間ほど経つが、まだ朝早く起きるのにはなれていなかった。
「それでさ、担任はくじ引きにするって言ってたみたいだぜ」
 隣に座っている怜哉がうるさいくらい元気な声で喋っているが、俺の脳は半分寝ていて怜哉の声は右から左へと流れていく。
 ああ、駄目だ。眠い…
 怜哉のやかましい声ですら俺の脳を完全に起こすのは無理だった。睡魔に耐え切れず、俺の体が前後に揺れ出す。
「おい、翔…」
 グラグラと揺れている俺を見て怜哉が眉を潜める。
「寝るなよ、おい!」
 口では無理だと思ったのか、怜哉はいきなり俺の頭を殴った。ゴイーンと鈍い音が電車内に響き渡る。一瞬意識が吹っ飛びそうになる。
「…ば、馬鹿野郎。いきなり殴るな、気絶するだろうが!」
 何とか意識はとどめたが、怜哉の手加減のない仕打ちに俺は怒鳴り声を上げた。
「お前は俺を殺したいのか!」
「あれぐらいで死ぬわけないだろ。俺は翔を起こそうと思って殴ってやっただけだよ」
 怜哉は笑って済ませようとするが、あれは起こすなんてレベルではない。本当に気絶するかと思ったぞ、俺は。
「それよりさ、今日のLHRの席替え楽しみだよな」
 青筋を浮かべている俺に怜哉が話をそらそうと今日の6時間目にあるLHRの席替えの話を持ち出してくる。
「席替え?」
 聞き覚えのない話に俺の頭にはてなマークが浮かぶ。
「そうだよ、昨日の帰り担任が席替えするって言ってたじゃん」
「ああ、確か昨その時は寝てたな」
 俺が納得すると、
「…よく寝るねえ」
 怜哉が呆れた目で俺を見てくる。
「何でそんなに眠いんだよ。睡眠時間はちゃんと取ってるんだろ?」
「春休みの癖が直らないだけだよ。10時間は寝てたからな」
 それを聞いて怜哉が顔をしかめる。
「10時間もどうやったら眠れるんだよ」
 怜哉が信じられないような目つきで俺を見る。
「夜の2時に寝て朝の10時に起きる。午後の2時から4時まで昼寝して、ちょうど10時間かな」
 俺が細かく説明してやると怜哉の表情が情けないものになる。
「子供じゃないんだから昼寝なんてするなよ。俺なんか夜の10時半に寝て朝の6時に起きてたぞ」
 怜哉の今時の小学生でもしないような規則正しい生活の方が俺には信じられない。休みの日の楽しみって言ったら遅寝遅起きじゃないか、何が悲しくてそんなに早く起きなきゃいけないんだよ。
「だいたい、そんな生活してたら体が怠けるだろうが。そもそも翔は…」
「ああ、そうだ。席替えの話だったな」
 説教になりそうだったので俺は怜哉の言葉を遮って無理矢理話題を席替えに戻した。怜哉は健康にうるさくて、ダラダラと過ごす俺に何かとうるさい。
「どんな風に席替えをするんだろうな?」
 俺に聞かれて怜哉が渋々と話題を戻す。
「くじ引きって担任は言ってたよ…お前本当に俺の話聞いてなかったんだな」
 怜哉が恨めしそうに俺をにらむ。そう言えば俺の脳が半分眠っている時に怜哉がそんなことを言っていたような気もする。
「くじ引きか…それじゃあ誰と一緒になるのかは自分じゃ決められないのか」
 自分で決められないのは少し残念だった。もし自分で決められたら唯を選んだのにな。
「唯ちゃんと一緒になれなくて寂しいの?翔ちゃん」
 怜哉が俺の気持ちに気付いてか、ニヤニヤと笑う。
「ば、馬鹿!そんなわけないだろう」
 俺は内心を隠して怜哉に怒鳴る。
「隠さなくてもいいのになあ。翔が唯ちゃんの隣の席になりたいっていうのはバレバレなのに」
「だから勝手に決めるなって」
 俺がいくら否定しても怜哉のニヤニヤ笑いは消えない。怜哉はまるで俺の気持ちをわかっているかのように、実際わかってるんだろうが、話す。
「せっかく同じ高校になれたんだもんな。一緒の席になりたいよなあ」
「…まあな」
 俺は怜哉に隠しても無駄だと思って怜哉の言葉を認めた。怜哉は膨れっ面の俺に満足そうに頷く。絶対楽しんでる。
「怜哉とも同じ席になりたいと思ってるぜ。もちろん芹花ともな」
 からかわれるのを当然で俺は本音を打ち明ける。すると怜哉はからかうどころか、顔を真っ赤にして硬直してしまった。
「…何だよ、何とか言えよ」
 俺はその反応がからかわれるよりも恥ずかしくてぶっきらぼうになってしまう。怜哉はまだ顔を赤くしたまま促されるままに口を開いた。
「ああ…俺も…」
 翔と一緒になりたいと続くと思ったら、
「俺も唯ちゃんや芹花と一緒の席になりたいけど、後藤さんや鈴木さんも可愛くていいと思うな」
 頬を赤く染め、怜哉がささやく。俺はずっこけそうになりながらも、かろうじてシートにしがみついた…コントやってるんじゃないんだぞ。
「俺たちのクラスの女子ってレベル高いよな。唯ちゃんや芹花も可愛いけど、他にも可愛い子がたくさんいるもんな。可愛い子と一緒の席になったら仲良くなるんだ」
 怜哉が弾んだ声を出す。ウキウキとしている様子から席替えがよっぽど楽しみにしているのがわかる。
 俺は脱力感から怜哉に賛同することもできず、グッタリとシートにもたれかかっていた。もう何も言う気にもなれない…
「俺、席替えとっても楽しみ!」
 疲れきっている俺の隣で怜哉だけが妙にはしゃいでいた。



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