A Lullaby8





 温かい…誰かに包まれているみたいだ…
 誰かのぬくもりを感じシズは目を覚ます。
 そこは真っ白でふわふわしている。まるで雲の上にいるみたいだ。
「おじいちゃん」
 シズを包んでくれていたのは祖父だった。しわしわの手が懐かしい。
 ボクは死んだんだ。
 シズはそう思った。シズは静かに目を閉じた。このままでいたい。
「御苦労じゃったな、シズ…もういいんじゃよ。ワシのわがままでここまで生かせてすまなかったな」
 シズはうとうとしながら、それを聞いていた。
 祖父の言っている内容などわからなかった。
 でも、わからなくてもいい。もう、わからなくていいんだ…
 シズは祖父に自分の体を預け、意識を閉ざした。

 機械音だけがその場に響いた。
 シドにもこの音の意味がわかった。シズが死んでしまった合図だ。
 腕の中でアズミがまつ毛を震わせている。
 しかしアズミは立ち上がった。大きな悲しみを押しのけるようにシズの前まで大股で歩く。
 シズの前に立つアズミは静かだった。どこか安心しているようにも感じられる。
 アズミの瞳は大きく揺らいでいたが涙は出なかった。
「…これで終わったのね…なにもかもが…」
 ゆっくりと瞳を閉じる。
 シドは立ち上がりアズミの横に並ぶ。
 シズはまるで眠っているようだった。死んだなんて信じられない。
 シドはシズの頬に手を伸ばした。シズの頬は冷たく、そして硬かった。
 シドはシズが機械であることを初めて認識した。シズが人間ではなく、ただの機械であるという事実を突き付けられた。
 知らぬうちにシドは涙を流していた。両手でシズの頬を包み込む。
 今ではすっかり人間に思えないシズが悲しかった。シドが会ったシズは確かに人間だったのに…
 その時、壁にあるテレビの映像が流れ始めた。
 それはアズミ、そうアサミだった。
『はじめまして…と言うのも変ですね。お互いが今までずっと一方的に相手のことを観察してきたのですから…』
 アズミが驚き、目を見開く。
「これは…」
 アズミは食い入るようにテレビを見つめる。
『これから私は長い旅に出ます。気の遠くなるような旅だけど頑張ります。どうか応援してください。それでは…』
 そう締めくくり映像は終わった。
「…あれが私?あんなに輝いて、希望に満ちた笑顔で…」
 アズミは不思議そうに言う。今の自分とは全然違う自分。この違いはどこからでてくるのだろうか…
「同じだよ。あのアサミも今のアズミも同じだよ」
 声は下から聞こえた。
 二人は驚いて、ベッドで寝ているシズを見る。
 シズはうっすらと目を開けている。
「おじいちゃんが迎えに来たんだ。ボク、もう行くね。バイバイ、大好きなアズミ、シド」
 ほほ笑み、シズが目をつぶっても二人は声を出せないでいた。
 揃ってきょとんとした目でシズを見続ける。
 フッとアズミの表情が和らぐ。
「私、シズのことが好きだった。未来から来るアサミもきっとシズを好きになるわ」
 アズミはそっとシズの頬に口づける。
「さようなら、シズ。そして科学…」
 今、やっとアズミは科学から逃れることができたのだ。

∞―時は巡り続ける

 ずっと悩んでいた。
 自分の力がちっぽけなことを。天才ではないことを。
 今、ようやくそれを認めて、捨て去り歩きはじめることができる。
 私は一人じゃない。
 天才でない私を好きと言ってくれたシズ。
 これから一緒にいてくれると約束してくれたシド。
 私は二人と共に生きていく。
 シズは死んでしまったけれど、私の心に大きなものを残してくれた。とても温かいものを。
 あなたもきっともらえるわ。シズからたくさんの愛情を…
 だからアサミ。ここへ来なさい。シズが待っているこの世界へ。
「祖父はアズミのためにシズを創ったんだよ」
 シドが笑って言う。
 私たちはこの屋敷を出ていく。もう戻ってくることはないだろう。
 町に出て、シドの隣で普通の生活をするわ。
 歩いて行くの。前へ…未来へ…

 シズってどんな人なのだろう?テレビを見てるだけでははっきりわからない。
 でも、きっと素敵な人だわ。
 あの映像はもう届いたかしら?今頃びっくりしているに違いないわ。
 初めに会ったらなんて言おう。いきなり科学のことを聞いたら失礼かしら。
 時間はたっぷりあるもの。ゆっくり一つずつ話したらいいわ。
 はやく到着しないかしら。
 ここを抜けたら、きっと光が見えるわ。
 無限の光が。
 そう希望の光が…

―そして再び少女が時を駆ける。永遠に時は巡り続ける―



(終)

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