季節を抱きしめて10
エピローグ 優しい春
卒業式で椿と別れ、時は少し流れて季節は春を迎えた。
「本当に椿と会わなくて良かったのかよ、梛」
卒業式、梛は椿と会わずに別れた。卒業式が過ぎた今でも林はそのことを根に持っている。
「あの時、あれほど椿に会えって言ったのにさ」
「あれで良かったんだよ、林」
窓側の席に座って梛は眩しそうに外の景色を見る。
桜が満開で綺麗だ。
「でもよ〜」
なおも食い下がる林に楓はパコッと林の頭を軽く殴る。
「梛ちゃんが良いって言うんだからいいのよ」
楓に強く言われ、林はやっと口を閉じた。
その様子に梛はクスリと笑う。
「なんだよ、梛!」
梛の笑いを目ざとく見つけ、林は梛の首に腕を回しグィッと引っ張った。
梛は嬉しそうに林の腕にしがみつく。
「なんか凄く幸せだね、林」
満面の笑みを浮かべ、梛はそっと瞳を閉じる。
梛の体が異様な熱を発しているのに林は気付いた。腕を離すと梛はペタリと机に頭をつける。
「なんか、ぼく眠くなっちゃった…」
夢心地のような声で梛は話す。
眠りがもうすぐそこまで近づいていた。
「梛…」
やがて梛の体にいくつかの光が灯り、それはゆっくりと上へ昇っていく。
「梛!」
揺さぶろうとした手を楓に掴まれた。
「いかせてあげましょう、林」
少し悲しそうに楓はほほ笑んだ。
林はうつむき、頷く。涙を見られたくなかった。
「林…楓…?」
うわ言のようにつぶやく梛の手に林は自分の手を重ねた。
「梛…」
言葉は口から出てくれず、林は梛の名だけを口にした。
薄くなっていく梛の体を見つめながら林は涙を流した。
光が灯っては上昇して消えていく。そんな幻想的な風景。綺麗すぎて阻止することなんて出来ない。
「おまえなんて勝手にいっちまえよ…」
林の一言を梛が聞き取れたのかはわからない。
梛は幸せそうな顔で天へ昇っていってしまった。
梛の姿が消えても林は梛の手に重ねた自分の手をどかさなかった。そこにはもう梛の手はないけれど…
黙ったまま動かずにいる林に楓は寄り添う。
「悲しい?」
楓の問いかけに林は素直に頷く。
「そんなわけないでしょう!」
林の答えに楓は怒る。
「私がいるじゃない」
グッと顔を近づけてくる楓に林はプッと吹き出す。
「ねえ、悲しくないでしょう?」
笑い続ける林に楓はむきになったように聞く。
「ああ、悲しくないよ」
答えて、林はやっと梛の手から自分の手を離した。
「そうよ、幸せになっていった人に悲しみはいらないわ」
楓の言葉に林はほほ笑んだ。
「そうだな…」
そしておれたちはまた同じ時を生きるんだ。
でも悲しくはない。独りじゃないから…
ここには様々な幽霊が集う。
誰もが孤独に震えながら無限の時をさまよう。
しかし、その孤独に耐え、優しい気持ちで過ごす者もいる。時の流れを自然に感じ、愛する者たち。
ただ上へ昇るために。
その時を夢見ながら…
(終)
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