学校に着くと初々しい新入生で溢れていた。俺たちもその中に含まれているんだけどな。
「おい、唯ちゃんとは待ち合わせしてないのか?」
怜哉の言葉に俺は固まった。待ち合わせ?したっけか?
「…そういえばしてないな」
この間会った時は、ただ同じ学校に行ける事が嬉しくてお互い笑い合っていただけのような気がする。
「それじゃあ会えねえじゃん」
「…そうだな」
今始めてその事に気付いた。そうだよ、この大勢の中でどうやって会うんだよ。
「探してもさすがに見つからないだろ」
怜哉はぐるりと見渡し、肩をすくめる。
「…そうだよな」
ズーンと一気にテンションが下がる。
「おいおい、そんなに落ち込むなよ。クラス分け見て、唯ちゃんのクラスに行けば会えるって」
落ち込んだ俺を怜哉が必死になだめてくれる。そんな様子を見て俺のテンションは少し浮上した。
「そうだな、クラス分けを見に行くか」
「おう!」
怜哉は元気よく返事し、走り出す。別に走らなくてもいいと思うんだが。
怜哉はクラス分けの看板に群がる新入生たちの間を器用にすり抜けながら、前に進んでいく。俺には到底できない芸当なので。後ろの方で怜哉の帰りを待つ事にした。
「お〜い、翔」
「翔ちゃ〜ん」
しばらくすると怜哉と続いて唯の声が聞こえてきた。
「翔ちゃん、やっと会えたよ〜」
半泣きしている唯を見て、俺は唯の頭を撫でてやった。
「喜べ、翔。お前と唯ちゃんと俺と3人とも同じクラスだぜ!」
怜哉がピースサインを向けてくる。
「良かったね、翔ちゃん。これでお弁当一緒に食べられるね」
「かー!お熱いとこ見せてくれるねえ」
バシッと怜哉は俺の肩を叩いてくる。怜哉が叩くのはわかるが、唯までもが俺の肩を叩くのはどうしてだ?
「それでね、体育祭ではちまき交換したり、文化祭の後夜祭で一緒に踊ったりするの」
唯の言葉はまだ続いていたらしい。照れながら言うのはいいが、あまり強く肩を叩かないでくれ。
「初日からラッキーだよな。クラスは3人一緒だし、唯ちゃんとも運良く会えたし」
「まだ何かあるのかもしれないぜ」
怜哉の言葉にふざけてつもりで言ったのだが、
「案外そうかもな」
怜哉に納得されてしまった。
「おいおい本気にするなよ」
「2度あることは3度あるって言うじゃん。ラッキーなことなら何度あってもいいんじゃない?」
怜哉らしい楽観的な考えに唯は笑みをこぼした。
「怜哉くんの言う通りだよ。いいことはいくらあってもいいよね」
唯の同感を得て怜哉は嬉しそうだ。いつも一緒にいる俺がそんな考え方しないから仲間を見つけて嬉しいんだろうな。
俺なんかだといいことがあまり多く起こると怖がるタイプだからな。
反動でとてつもなく悪い事が起こるような気がするんだよな。
「翔ちゃんは損してると思うよ。いいことは素直に受け入れないとね」
唯の言葉に怜哉がわざとらしいほど大きく頷く。実際わざとだと思うけどな。
「まぁ、これから悪いことが起こらなければいいけど?」
悔しいんで言い返してやった。ほんの些細な抵抗だけどさ。
「そんなことがあったら、私が全部悪いこと吹き飛ばして翔ちゃんを守ってあげる」
ニコリとほほ笑まれて俺は言葉を失った。それって、最高の殺し文句と言うか、何と言うか…
怜哉は顔を真っ赤にして絶句してる。俺だって怜哉に負けないくらい顔が真っ赤だ。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げる唯に俺と怜哉はかける言葉がない。本当に思い浮かばない。
「あー、いや、その」
かろうじて出る声も言葉にはならない。
「翔?翔じゃない!?」
背後から声をかけられる。聞き覚えのある声に胸が高鳴った。だが、すぐにその声の持ち主がここにいるはずがないと思い出す。そう思いながらも、期待を抱きつつ俺はゆっくりと振り向いた。
「…」
そこに立っていた少女は、微かに昔の面影を残していた。それは俺がずっと追いかけていたものだった。
嘘だ!ここにいるはずがない。
頭の中で信じられない気持ちが彼女の存在を否定した。
「翔、私のことわからないの?」
しかし、少女から発せられる声は確かに彼女の声だった。
俺は恐る恐る確かめるように彼女の名を呼んだ。
「…芹花(せりか)?」
「何だわかってたんじゃない。てっきり忘れられちゃったのかと思ったわ」
明るく笑う芹花は昔のままだった。芹花の笑顔は周りの人を明るくする不思議な力があった。
「翔ちゃん。誰?」
唯が俺の後ろでこっそり聞いてくる。唯って人見知りだったのか?
「私は芳川 芹花(よしかわ せりか)。翔とは幼馴染だったの、私が小学6年の頃引っ越してから付き合いはなかったけどね」
唯の気配を察したのか、俺が紹介する前に芹花は自分から名乗った。
そう、芹花とは幼馴染で引っ越すまではいつも一緒にいた。
芹花は俺の唯一の安息の場だった。俺はいつも芹花に守られていた。芹花の笑顔に、明るさに。
あの頃は芹花がいなければ生きていけなかった。芹花は俺の心の拠り所だった。
今はそれがただ懐かしい。もう芹花に守ってもらう必要がない今でも、芹花は俺の大切な友人だと思う。
またこうして再開できたことが嬉しかった。
「幼馴染…」
唯が複雑そうな顔で芹花を見る。
「久し振りだなあ、芹花。ずいぶんと綺麗になっちゃって」
「怜哉も変わったわよ、初めは誰だかわからなかったもの」
怜哉の褒め言葉に笑いつつ、芹花は答える。
「変わったって、どんな風にだよ?」
「頼もしそうに見えるわよ」
芹花の答えに怜哉は器用に片方の眉を上げる。まんざらじゃなさそうだ。
「そうだよ、芹花。怜哉はいじめられっ子じゃないんだぜ。なんたって、いじめっ子にパンチくらわせて撃退したんだからな」
芹花は感心したように怜哉を見る。
「へぇ〜、凄いじゃない。怜哉」
「俺だってやるときゃ、やるさ!」
得意気に怜哉は鼻を鳴らす。その様子を見て芹花は嬉しそうに笑った。
芹花は怜哉のことを心配していたから、怜哉が強くなって嬉しいのだろう。
「ところで、翔。その可愛い彼女を紹介してくれないのかしら?」
芹花は唯を見て、思わせ振りに俺に視線を送る。こいつ、絶対勘違いしてる。
「おう、唯ちゃんは翔のラブラブな彼女なんだぜ」
「やっぱり」
おい、怜哉勝手に決めるな。それで芹花も頷かないでくれ。
「違う!唯は彼女じゃない」
頭を痛ませながら俺はきっぱりと言う。怜哉にはこの言葉何回言っただろうか。
「またまた、照れなくてもいいのよ、翔」
案の定芹花は信じてくれない。
「お似合いよ。2人とも」
「だから違うって」
一体どう言えば信じてくれるんだよ、こいつらは。説明するのも一苦労だ。
「翔、恥ずかしがるのはいいけど、そんなに言ったら彼女がかわいそうでしょう。女の子はデリケートなんだから!」
芹花が急に怒り出す。まずい、怒った芹花は本当に怖いんだ。
「芹花、ここはガツンと言ってやれよ。翔の奴、いつも唯ちゃんとの仲を認めないんだから」
怜哉が余計な事を言う。
それを聞いて芹花の怒りはますます燃え上がる。
「何よそれ。翔、あんたもしかして二股でもかけてるんじゃないでしょうね!」
「何だよ、それ」
「彼女のこと、もてあそんでるんじゃないの!?」
芹花がとんでもない事を叫ぶ。どうしたらそんな考えが浮かんでくるんだよ。
「どうなのよ、翔!」
芹花に詰め寄られて、俺は後退した。しかし後退した分だけ芹花は詰め寄ってくる。
誰か助けてくれよ。
「待って!翔ちゃんは悪くないの」
果たして、救いの手は現れた…が、その言葉は有らぬ誤解を生むような気がするのだが…
「駄目よ!こんな奴許しちゃ、泣きを見るのはあなたなのよ」
ほら、誤解してる…
「そんなことないよ。私、翔ちゃんと一緒にいるだけで幸せだもん!」
力いっぱい叫ぶ唯に芹花は目を見開く。
「…そう」
芹花は悲しそうな表情で呟き、それ以上は何も言わなかった。
ちょっと待ってくれ、納得されても困るぞ。
「だから何回も言ってるように俺と唯は恋人同士じゃないんだよ」
「…もう、わかったわよ」
いや、絶対わかってない。芹花は誤解してる。
「えっ!私と翔ちゃんが恋人?やだ、そんなんじゃないよ」
顔を真っ赤にして唯は否定する。やっと唯はこの会話の流れの主旨をわかってくれたようだ。
「私と翔ちゃんは友達だよ。恋人だなんてそんな違うよ」
慌てる唯に芹花は目を丸くしている。
「恋人じゃ…ないの?」
唯はぶんぶんと首を振っている。芹花は曖昧に頷いた。まだ納得しきれてないのだろうか。
「本当にそんなんじゃないから」
俺が念を入れておくと芹花は今度ははっきりと頷いた。
「わかったわ。ごめん、翔さっきは酷いこと言っちゃったね」
「別に、いいよ」
「そうそう、いつか本当の恋人同士になる予定だしね」
これだけ言っても怜哉だけはわかってくれなかった。こいつだけは、何回言ってもわかってくれないんだろうな。呆れるぜ、本当に。