―epilogue―

「もうこんな時間かよ!」
 俺は腕時計を見て悲鳴を上げた。約束の時間から、もう1時間も過ぎている。
「昨日、ビデオなんて見るんじゃなかった・・・」
 夜、眠れなかったので録画して放って置いたビデオを見ていたら、熱中してしまい気が付いたら朝の4時になっていたのだ。待ち合わせの時間は9時、8時まで寝ようなんて思っていたら目が覚めたのは約束の9時だった。それから急いで支度して待ち合わせの場所まで走っているのだが、時刻はもう10時を回ってしまっている。
「まだ、いるかなあ?」
 いてくれと願いながら俺は全速力で走るが、運動不足がたたってなかなか前に進まない。息はすでに切れているし・・・情けないなあ。
 人ごみを縫うようにして走っていると前方に見覚えのある人が歩いていた。
「あ、透子先輩・・・」
 俺が思わず声を出すと気付いたのか、透子先輩は俺を見てニッコリとほほ笑んだ。
「久し振りね、翔君」
 俺は透子先輩がdoorのことで俺の前に現れたのかと思って身構えた。
 透子先輩は俺のdoorを開けてくれた人だった。doorとは強い願い、祈りや想いのことだと俺は思ってる。俺の願いは絶対の味方を作ることだった。そして作られたのが唯。しかし、いろいろあって俺のdoorは閉じられ、俺の前から透子先輩は去っていった。それで解決したと思っていたのにまだ何かあるのだろうか。
「どうしたの?翔君」
 透子先輩は俺の様子に目を丸くするが、俺の考えに気付いたのかクスクスと笑い出す。
「大丈夫よ、doorのことは関係ないわ。それに翔君に会ったのも偶然なんだから」
 俺は透子先輩の笑みに違和感を感じた。昔の透子先輩はこんな無邪気な笑い方をしなかった。そう昔は機械のような笑みだったのが、今は人間味帯びている。
「何?私、変かしら?」
 ジーと見ている俺に透子先輩が照れたように頬を赤くする。
「変わりましたね・・・悪い意味じゃなくて良い意味で。表情が柔らかくなって、とても素敵です」
 俺が素直に褒めると透子先輩は嬉しそうにほほ笑んだ。
「今の私には心臓があるの。心があるのよ・・・」
 胸に手を重ねて透子先輩は目を閉じる。まるで自分の鼓動を確かめているようだった。
 俺は透子先輩の言葉に納得した。透子先輩は人間になったのだ。doorの番人ではなくて1人の人間に、透子先輩が羨ましく思っていた心のある人間になったのだ。だから、こんなにも表情が豊かなんだ。
「doorを放っておいていいんですか?」
「人間はdoorの番人を必要としないわ。想いが強ければ、私がいなくてもdoorは開き、閉じるもの。そうでしょう?」
 透子先輩の問い掛けに俺は頷いた。想いが強ければ、人はdoorを自由に開け閉めができる、そしてそれは人だけじゃない。
「透子先輩のdoorも開いたんですね」
「想いは無限の可能性だもの」
 透子先輩は力強い笑みを浮かべる。強く思えば、それはかなう。人間でも人間でなくても諦めなければ、強く願えば・・・
「それじゃあね、翔君」
 透子先輩が雑踏の中に埋もれて見えなくなるまで俺はその後ろ姿を見送った。俺のdoorを開けてくれた俺の恩人であり、自分のdoorを開け願いをかなえた強い心を持つ透子先輩に俺は尊敬と感謝の念を送った。
 やがて透子先輩の姿が見えなくなると俺は自分が待ち合わせの場所へ急いでいることを思い出した。
「いっけねえ、30分経っちゃったよ!」
 時計を見ると10時30分。約束の時間から1時間30分もたってしまった。俺は慌てて待ち合わせの場所へと走り出した。
 俺の大切な人が待つ場所へ・・・



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