MINE3
「水谷くん…」
最後の彼女の声が聞こえた。
最後に聞けたのが彼女の声で良かった。
最後に会えたのが彼女で良かった。
涙が溢れ出る。
両目から頬へ、そして頬を伝い涙が落ちる。
真黒な空間に音もなく落ちる。
そしてぼくは気付いた。
この空間にたくさんのぼくがいることを。
みんな泣いている。
この空間に漂い、昔を思って泣いている。
みんな何を思っているのだろう。
両親?友達?それともペットのカメのこと?
綴さん…?
みんな彼女のことを思っているの?
今日初めて話した彼女のことを。
古文が好きな彼女のことを。
うさぎが好きな彼女のことを。
雨の日が好きで、いつもお気に入りの赤い傘を持って嬉しそうに歩いている彼女。
手芸が得意でよくぬいぐるみを作っているって聞いたことがある。
彼女の長い髪が好きだった。笑った顔もすごく可愛いって今日改めて思い、すごくすごく好きになった。
自分を呼んでくれる声にすごくドキドキしたり、ぼくを見てくる瞳に吸い込まれそうなほど見惚れたり。たったあれだけの会話なのにすごく感動した。
でも知らなかった。
ほんの少しの勇気で簡単に彼女と言葉を交わせるなんて。
もっとはやくに気付けばよかったのにな…
もし、もしもまたいつもの生活に戻れるなら勇気を出してみよう。綴さんに話しかけてみよう。
そしたら綴さんは笑ってくれるかな?
「…水谷くん」
はじめに聞いた言葉はそれだった。
「おはよう、水谷くん」
綴さんがぼくを覗き込んで笑っている。
なんで…?ここは…どこ…?
「ここは病院だよ、わかる?水谷くん、君は車と接触して気を失ってここに運び込まれたんだよ」
綴さんが説明してくれる。
病院?じゃあぼくは助かったんだ。
てっきりダメだと思っていた。
良かった、生きていたんだ…
「水谷くん。はい、これ。お見舞いの品」
そう言って綴さんはぼくの目の前になにかをかざす。
それはうさぎのぬいぐるみだった。
「綴さん…」
見舞い品がうさぎのぬいぐるみ…
普通送らないよね…?
「水谷くんうさぎ好きでしょう」
ニッコリと綴さんは笑う。
「いろいろね、考えてきたんだ。お花なんて喜ばないと思ったし、食べ物を持っていっても水谷くんが食べられるとは限らなかったし。まあ、いろいろ考えた結果ね、これになったの」
一応、考えてくれたんだ、いろいろと。
嬉しいな。
「それ、綴さんの手作り?」
「うん、そうよ。あれ?水谷くん、私が手芸好きなの知ってるの?」
「…うん、知ってるよ」
「…」
綴さんは真っ赤になってうつむいてしまっている。
そう言えば綴さんの手芸好きをぼくが知ってるのって不自然だったかな。
でも、そんなの気にかけていられない。
ぼくは勇気を出すって決めたんだ。
綴さんに近づくために。
「ぼく、綴さんが手芸好きなの知ってたよ。うさぎが大好きなのも知ってる。色は赤が、天気は雨が好きなのも知ってるし、よく推理小説を読んでることも知ってるよ…」
ぼくが話すのを黙って綴さんは聞いてくれている。
真っ赤な顔でぼくを見つめて。
「綴さんのことなら何でも知ってるよ。いつも綴さんを見てたから…」
ほとんど勢いで話し、ぼくは綴さんを見た。
「ウソツキ」
一言。
「えっ?」
「4時間目の授業はいつも寝てるし、釣りの雑誌が発売された日は熱心にそれを読んでるわ。お昼の時間は裏庭の草の茂みにいるじゃない。いつも私を見てるなんてウソだわ」
「えっ?」
なんで綴さんがぼくのことをそんなに知ってるの。
「でも許してあげる。その他の時は私を見ていてくれたから、それに…」
「それに?」
「水谷くんから話しかけてくれたから」
「綴さん…」
「本当はね。だいぶ前から水谷くんの視線に気づいていたの」
「えっ、本当?」
「うん、それでずっと待ってたの。水谷くんから話しかけてくれるのを」
信じられない。綴さんがずっと待っていたなんて。
こんなぼくを…
ダメだ、ダメだ。
そんな風に考えちゃダメなんだ。
もっと明るく前向きに考えなくちゃ。
絶対にもう下を向いて歩かない。昼ごはんも教室で食べる。
クラスメートにも積極的に話しかけてみよう。
大丈夫。勇気を出せば出来るはずだから。
「綴さん」
「なに?」
「教室で話しかけてもいい?」
綴さんは僕の質問にちょっと驚いた顔をしたけど、
「もちろん」
笑顔で返してくれた。
「あとお見舞いに来てくれてありがとう。うさぎ、すごく嬉しい」
これからはきちんと思ったことを言葉に出していこう。
言わなきゃ通じないし、相手が思っていることもわからないしね。
「うさぎ、大事にしてね」
綴さんからもらったうさぎは、ぼくが綴さんに渡したうさぎとそっくりだった。
抱き心地もあのうさぎとそっくりだ。
でも温かさはこのうさぎの勝ちかな…?
あれから綴さんとは学校の外でも会うようになった。
ぼくが勝手に思い描いていた綴さんとは違った綴さんを見るたび、ぼくは嬉しくなる。
本当の綴さんと一緒にいるって実感できるから。
それに友達もできた。
大体が釣り関係の友達かな。
両親とも話すようにしてる。
自分の殻から抜け出すように努力してるんだ。
昔のぼくは自分としか話なんかしなくて、どんどん周りから孤立していった。
別にそれでもいいと思っていた。
だけどなんでかな?
あの事件でいろんなぼくが出てきて、いろんなことをやりたがった。
本当は心の奥でずっと願っていたのかな、自分の革命を。
本当はあのまま腐っていきたくなかったのかな、ぼく自身。
あの事件が起こるまで全然そんなこと気付かなかった。
でもぼくは還ってこれた。
自分の中に、いろんなことをやりたいと思っているいっぱいのぼくと共に還ってきた。きっともう毎日が同じになんて感じない。
いつも新しい自分を感じて生きていける。
だってぼくは知っている。
常にぼくはいっぱいのぼくを抱えているって。
そして、それはいっぱいの夢を抱えているってことと同じだから。
天下無敵の最強兵器を持っている今、ぼくの前に怖いものなんてなにもない。
前進あるのみだ!
(終)
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