door-reiya12





 約束の日がきた。
 俺は音楽室で唯と透子先輩を待った。怜哉は俺に何も聞かずに黙って椅子に座っている。
 夕焼けが教室を照らしていた。窓側にあるピアノが夕日を反射して輝いている。その反射を見て俺の心は落ち着いていた。
 ピアノがまるで笑っているようだった。今の俺にとってピアノを弾くことは呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。
 きっと唯に最高の音色を聞かせることができる。
 俺が確信すると廊下から2つの足音が聞こえてきた。それは音楽室で止まり、扉が開いた。
「唯…」
 唯の姿をとらえて俺は懐かしさでいっぱいになった。
「翔ちゃん」
 それは唯も同じで、唯の目は早くも涙ぐんでいる。
「翔ちゃん、綺麗になったね。オーラが輝いてるよ」
 唯が眩しそうに目を細めた。俺はオーラとかはよくわからないが、きっと俺がふっきったことを言っているのだろう。
「久し振りだね、唯ちゃん」
 怜哉が立ち上がり唯に近付くと、唯は初めて怜哉がいたことを知ったようだ。
「怜哉君、私がわかるの…?」
 唯が目を見張る。俺は怜哉が唯を覚えていることに驚かなかった。他のみんなが忘れても怜哉は唯を覚えているだろう。だって怜哉は唯を忘れないと唯と約束していたから。怜哉が約束を破る男ではないことを俺は知っている。
「約束しただろ」
 いたずらっ子のような笑みを怜哉は浮かべる。途端に唯の顔が喜びに泣き崩れる。
「うんっ!」
 唯は涙を拭き、元気良く頷いた。それを見て透子先輩が優しい表情になる。
「良い友達ね」
 誰にでもなく透子先輩が口ずさむ。
「さて、翔君。約束の日よ、ピアノは弾けるようになったかしら?」
 態度を変え、透子先輩が探るような口調で聞いてくる。
「それは聴いてのお楽しみです」
 俺は不敵に笑ってピアノに座った。唯が祈るような目で俺を見るので俺は唯を安心させるようにほほ笑んだ。
 大丈夫、doorはもう開かれたから。俺はピアノを弾くことができるよ。
 俺はゆっくりとピアノを弾き始めた。それが唯に聴かせる最初で最後の音色。これで唯との別れだと思うと寂しいけれど、俺は決して唯を忘れはしないから。俺がこうして生きてこられたのは唯のおかげだから、唯が隣で笑っていてくれたから。
 ありがとう、唯。言葉では言い尽くせない思いを音色に託すよ。この思い全てが君に届くように…
 最後の音が響き、曲が終わる。俺は名残惜しい思いで最後の音が消えるのを聴いた。
「…翔ちゃん…」
 唯が感動を隠し切れずに俺に抱き付く。
 俺は唯を抱きとめ、ゆっくりとその頭をなでてやった。こうしていると唯を引き止めたくなる。怜哉を捨てて唯に手を差し伸べたくなってしまう。
「駄目だよ、翔ちゃん。私は消えるの、役目が終わったから…」
 そんな俺に気付いたのか、唯が俺から離れる。
「ありがとう、翔ちゃん。最後に私のわがままを聞いてくれて」
「わがままなんて言うなよ。俺が唯に何かをしてやりたかったんだ。唯にはいっぱいお世話になったからな…本当に今までありがとう」
 俺は唯の小さな体を目に焼き付けた。こんな折れそうな体で俺を必死に支えてくれた唯を俺は生涯忘れないだろう。
「私、翔ちゃんといて楽しかったよ。今までのことずっと忘れない、約束するよ」
 唯が小指を差し出す。
「俺も忘れないよ」
 俺は唯の小指に自分の小指を絡ませた。ずっと忘れない、約束だ。
 小指を離すと唯の体が淡く光り始めた。唯の消失が始まったのだ。
「怜哉君」
 唯に呼ばれ、怜哉が我に返ったように顔を上げた。
「翔ちゃんをよろしくね」
 言われて怜哉の表情が固まる。
「…俺によろしくって言われても困るよ。だって俺、翔のために何もできない…」
 怜哉が唯から目をそらすと唯はかぶりを振った。
「翔ちゃんがピアノを弾けたのは怜哉君がいたから。怜哉君が翔ちゃんのdoorを開いたんだよ」
 唯の言葉に怜哉が信じられないような表情を浮かべる。
「俺が…?」
 怜哉が鼻で笑う。どう考えても信じられないようだ。
「私が消えるのがその何よりの証拠だよ。私が消えることは翔ちゃんに私よりも好きな人ができるってことだもの」
 唯の冷静な言葉でも怜哉を信じさせることはできなかった。唯は困ったように俺を見る。
「大丈夫だよ」
 怜哉は頑固な所があって、これと信じたらなかなか自分の考えを崩さない奴だ。信じさせるのは難しいだろうけど、それは俺の役目だから唯には心配させたくはなかった。
 唯はほほ笑むと光の粒子になって俺を包み込んだ。そして俺の中に染み込むように消える。
 俺は唯が俺の中に入ったのがわかった。
「唯はこの世から消えてしまったけど、いつも翔君の中にいるのよ」
 透子先輩のいう通りだった。胸の中に唯の温もりを感じる。
「透子先輩」
 怜哉が真剣な表情で透子先輩を見る。
「わかってるわ、あなたのdoorを閉じるのね?」
 透子先輩が聞くと怜哉ははっきりと頷いた。
「怜哉のdoor…?」
 俺は怜哉がdoorを開けていたことに納得した。怜哉が唯の正体を見破ったのも、みんなが忘れてしまった唯を覚えていたのもdoorのおかげだったんだ。
「怜哉のdoorって何だったんだ?」
 俺が呟くと透子先輩がニッコリ笑って話し始めた。この人って本当に話好きだよなあ。
「怜哉君のdoorは勇気のdoor。いじめっ子を虐待して、強くなるための勇気を欲したのよ」
 耳をダンボにして聞くと、透子先輩はそんな俺の様子がおかしいのかクスクスと笑っている。
 俺が納得していると透子先輩が意味ありげに笑った。
「どうして怜哉君が強くなりたかったのかわかる?それはね、あなたを守るためだったのよ」
 透子先輩の衝撃的事実に俺はショックを隠し切れなかった。怜哉を見ても怜哉は黙って俺を見るばかりだった。
「怜哉君は本当に翔君のことが好きなのね」
 俺は怜哉の俺に対する想いを全然わかってなかった。怜哉は俺を守るために努力し続けたのだ。なのに俺は勝手に強くなっていったなんてほざいていたのだ。それが自分のためとも知らずに。
「怜哉…」
「透子先輩、早くdoorを閉じてください」
 俺が何か言おうとするのを遮って怜哉が透子先輩を急かす。
「閉じてって言われても、ね…」
「透子先輩!」
 はぐらかす透子先輩に怜哉が怒鳴る。
「閉めたくてもそのdoorはとっくに閉まっているもの」
 必死の形相の怜哉がおもしろいのか透子先輩は含み笑いを浮かべる。
「どうして…!」
「そのdoorはいじめっ子を虐待するだけの勇気しかなかったのよ。怜哉君が翔君を守りたいと願って開いたdoorは別のdoorで勝手に開いたものなの」
 怜哉がわけのわからない顔をする。俺も全く理解できていない。
「わからない?そのdoorには恋心がつまっていたのよ。それは私にも閉じられない。閉じられるのは怜哉君、あなただけよ」
 怜哉は全てを聞いてガックリと膝を落とした。
「翔君、頑張ってね」
 透子先輩は俺の肩を叩き、ウィンクをして音楽室を出ていった。
 俺は透子先輩の激励を受け、怜哉の前に膝を突いた。
「…ごめん、翔。俺、doorを閉じて完璧に翔への恋心を閉ざそうと思ってたんだ。そうすれば友達に戻れると思って…」
 怜哉の言葉を聞いて冷や汗が出た。もし透子先輩がdoorを閉じていたら怜哉が俺を好きでなくなっていたってことじゃないか。
「もう、そんなことしなくていいんだ。俺はおまえを選んだんだからさ」
 優しく言うと怜哉は顔を上げた。
「俺は唯を失いたくなかった。俺たちの世界をなくしたくないから、怜哉にあんなにひどいことを言ったんだ。でも…わかってたんだ。本当は俺は唯よりも怜哉が好きだってことに。ただ認めたくなかったんだな」
 俺の言葉を信じられないように怜哉がかぶりを振る。
 俺は頑固な怜哉を抱き締めてやる。信じるまで言うまでだ。
「俺は怜哉が好きなんだ、本当だから信じてくれ」
 これをあと10回は言う必要があると考えていた俺だったが、意外にも怜哉はすんなりと俺の言葉を信じてくれた。
「…嘘みたいだ」
 いまいち信用がないみたいだが…
「こうしていると夢のことを思い出すよな」
 俺は夢の中で怜哉に抱き付かれたことを思い出した。そして透子先輩の言葉を思い出してクスクスと笑い出す。怜哉が不思議そうに俺を見る。
「透子先輩の言ってたシンデレラって意味がやっとわかったよ。シンデレラが怜哉で王子様が俺、そして魔法使いは透子先輩だったんだな。夢の中がダンスパーティー、目覚まし時計が魔法の効力を失う12時の鐘か」
 よくできていると感心していると怜哉が恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「怜哉はガラスの靴を残さなかったけど、こうして温もりを残していったもんな。それがなければきっと俺は怜哉への想いに気付かなかったと思うよ」
「じゃあ体に染み付いて離れないくらい抱き着いてやるよ」
 怜哉がニヤッと笑い、逆襲してきた。やばいと思ったときには俺は怜哉に押し倒され、締め技を食らっていた。
「ウゥ〜!」
 声もでない俺に怜哉がこれでもかと力を入れる。
「降参するか?」
 怜哉が聞くと俺はバンバンと床をたたく。すると怜哉は力を抜いた。俺はそれを見計らって今度は俺が怜哉を押し倒した。
 怜哉がサッと身構えるのに俺は怜哉の唇を奪う。怜哉は意表を突かれたように目を見開いた。
「どうだ、まいったか?」
 怜哉に聞くと怜哉が顔を赤くして悔しそうに唇を噛むと、今度は俺にキスしてきた。
「負けないからなっ!」
 ニヤリ笑い、挑発する怜哉に俺は負けじと顔を近付けた…



(終)

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