入学式が終わり、クラス別のホームルームが始まる。
 資料配布や先生の話が主だ。
 やがてホームルームも無事終え、下校の時間となった。
「おい、翔。部活の方はどうすんだよ?」
 怜哉が俺に声をかけると、その声を聞いて唯や芹花も集まってきた。
「翔は吹奏楽部に入るんでしょ?」
「えっ、そうなの!?」
 芹花の当然とばかりの声に唯が驚く。
「翔ちゃん、楽器が弾けたの?」
「昔、少しな…」
 唯の感心した目を避けるように俺は答えた。
「少しって…翔は日本でもトップクラスの実力を持っていたじゃない。それに昔ってどういうこと?」
 芹花の質問に俺は目を伏せた。それは思い出したくもないことだった。
「芹花、翔は事故に遭ってピアノを弾けなくなったんだよ」
 怜哉の言葉に芹花はショックを受けたように固まってしまった。
「ピアノ?」
 まだ話が理解出来ない唯がきょとんとした目で俺たちを見ていた。
「翔は昔ピアノの天才だったんだよ。世界コンクールでもいいとこまでいってたんだ、日本では知らない奴なんて当時は誰もいなかったぐらいだ。だけど中学2年の交通事故で翔はピアノが弾けなくなっちまったんだ」
 怜哉の説明は感情がこめられていない平坦なものだった。その方がかえって良かった、感情を込められても俺には何の反応もできない。
「…かわいそう、翔ちゃん」
 視線を上げると今にも泣き出しそうな唯がいた。
「別にかわいそうじゃない。ピアノが弾けなくても俺は平気だよ」
 唯の頭を優しくなでてやった。唯にはこの言葉が強がりに聞こえたのかもしれない、やり切れなさそうな表情を見せた。
「翔…」
 芹花も唯と似たような表情を見せていた。この2人どこか似ていると俺は思った。今そんなこと言ったら芹花に「そんな場合じゃないでしょ!」と怒られるかもしれないけど。
「ところでさ、みんな部活は入んの?」
 怜哉が底抜けに明るい声で聞いてくる。少しわざとらしい気もするが俺もそれに乗ってやることにした。
 一秒でも早くこの雰囲気を壊したかった。怜哉もそんな俺の様子を察してくれたのだろう。
「俺は透子先輩の部活に入るつもりだよ」
「やっぱり、楽できそうだもんな」
 予想通りの回答に怜哉がニヤリと笑う。
「誰よ、その透子先輩って?」
 芹花が努めて明るく聞いてくる。さすがは幼馴染、俺たちの演技に乗ってくれた。
「中学の時の部活の先輩だよ。この高校にもいるはずなんだ。」
「中学の時はさ、ほとんど幽霊部員だったんだぜ。透子先輩の話によると、今透子先輩のいる部活でも幽霊部員できそうなんだ」
 部活は入っていたほうが何かと都合がいい。ただし、真面目に部活動に励む事はしたくない。そんな時はやっぱり幽霊部員でしょう。
「へぇー、それは何部なの?」
「中学の頃は囲碁・将棋で高校は園芸部だってさ」
 部活名を聞いた途端、芹花は吹き出した。
「園芸部?似合わないわね」
「別に実際やるわけじゃないさ」
「そうだけど」
 芹花の笑いはまだまだとまりそうにはなかった。確かに自分でも園芸部なんて柄じゃないことをわかってる。
「芹花は部活やらないの?」
「私はやらないわよ。バイトに燃えるんだから!」
 俺の質問に芹花は即答した。握り拳が芹花のやる気を表わしていた。
「お金を貯めまくるわよ〜!」
「おお!!」
 怜哉が芹花の背後に燃え盛る炎を見て声を上げた。
「と、言うわけで今日早速バイトの面接なの。さきに帰るわね」
 さっと鞄をつかみ、芹花は扉に向かう。
「あっ、私も用事あるから帰らなきゃいけないの。芹花ちゃん一緒に帰ろう」
 唯が慌てて鞄をつかむ。唯の場合はどんなに慌てていても動作が遅く感じる。
「何だ、唯帰るのか?」
「うん、ごめんね。今度部活一緒に行こうね」
 手を振って帰ってく姿は少し元気がなかったように見えた。きっと、ピアノの話をまだ引きずっているんだろう。
「さ、透子先輩のところに行こうぜ」
 たっぷり唯を見送った後、怜哉の方を向くと怜哉は笑いをこらえるように肩を震わせていた。
「姿が見えなくなるまで見送らなくてもいいんじゃない?まるで捨てられた子犬みたいだったぜ」
 俺は黙って怜哉の頭を殴った。本当にこりない奴だ。



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